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2016年6月

2016年6月25日 (土)

6月24日(金)のJR鳴門線977Dに佐古から乗る

6月24日(金)、飲み会のために会社から自宅へマイカーで帰ってきた後、JR佐古駅から徳島駅まで18:53発のJR鳴門線977Dに乗車。1500型×2連でした。
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そろそろ十分な鉄分補給したいな♪

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2016年6月20日 (月)

雨の中でスタートした初テレビロケ!

え~と、、、「Station Master 高砂 雄史」ですが、CSスカパープレミアムサービス・鉄道チャンネル(Ch.546)のある番組のコーナーに出演することになり、今日そのロケを行ってきました(^^)/
パチパチパチ☆☆☆!!!!

そのコーナーができる番組が「祈りの旅~鉄路巡礼~」で、旅好きのジャズピアニスト・杉丸太一さんが四国の旅情をピアノで奏でながら四国霊場八十八か所を鉄道で巡る内容で、その中で「四国鉄道再発見(仮称)」というようなコーナーで、徳島や四国の鉄道や駅、旅情をお伝えしていく内容です。

また、徳島のコミュニティエフエム局・エフエムびざん(B-FM791)の「杉丸太一のピアノ巡礼」(毎週火曜・午後9時)とも番組連動していて、そちらには先月出演させていただきました~。

ということで、今回撮影ロケを行っていただけるのが、鉄道チャンネルの藤田局長さん。
では早速待ち合わせの徳島駅前へ!
いつものぶらり旅とは違う、久しぶりの緊張感・・・(ドキドキ)
佐古9:44発4959D徳島行(1200型ワンマン)のJR鳴門線普通列車で徳島へ。
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藤田局長と合流し、まずは徳島線・蔵本駅へ。
雨の中での撮影スタートとなりました。
藤田局長から、しゃべる内容を考えて伝えていただくのですが、全く頭に入らず・・・(--〆)
何度も撮り直しをするハメに。(すみません・・・)

蔵本駅は鉄道院の刻印がある跨線橋をターゲットにして撮影が進みます。
今回はテレビ画面を見る側から、伝える側なんですが、うまく喋れない~。
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心の中で葛藤しながら、今度は鳴門線の撫養駅へ。
あんあに降っていた雨も小降りとなり、やがて止んでくれました!
ここではかつて阿波電気軌道時代の始終点だったことや、貨物ホーム跡などに触れながらの撮影。
やっぱり撮り直しさせてもらったり(^^ゞ。テイク1、2、3・・・あああ~~~って感じです。
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局長とお昼をいただいたお店では、新たなfacebookお友達もできて~、その後高徳線板の駅へ。
板野駅ではかつて鍛冶屋原(かじやばら)へ向かう、鍛冶屋原線があったことなどを紹介。
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少しずつ慣れてきた感じかな・・・。
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そして、かつて鍛冶屋原線の駅があった、犬伏駅跡へ。
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続いて羅漢駅。
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で、この後は鍛冶屋原線の始終点駅だった鍛冶屋原駅での撮影を行ってきました。
写真は無いので、是非番組で見てほしいですね!

続いては、徳島線の牛島(うしのしま)駅へ移動。
列車交換の模様を撮りながら、駅の紹介などをしていきます。
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かつてあった木造駅舎が取り壊され、こんな無機質な駅舎になってしまったのがとても残念でなりません。
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最後は吉野川に架かる高瀬潜水橋へ移動。
このころには陽が射し始め、うぐいすの鳴き声など自然いっぱいの情景をバックにして撮影。
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やっと慣れてきたな~と思ったところで、今回の撮影は終了!!!
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徳島駅までの帰り道、局長と鉄話や世間話で花が咲き、あっという間に徳島駅でのお別れとなってしまいました。

次回は徳島運転所を擁する徳島駅が撮影になるかな?
そんなことを考えながら、徳島18:00発467D阿波池田行の徳島線普通列車で佐古へ戻ってきました。
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この後、コーナーとして成り立つように編集していただけるのですが、はたして使い物になるのか、とても心配・・・。

でも、まっいいか!
ひょっとしたら撮影している場面を汽車の中からご覧になられた方もいらっしゃるかと思いますが、もし鉄道チャンネルが観える環境があったら「しゃあない、観てやるか!」ぐらいで観ていただければ幸いでございます<m(__)m>

また放送日など決まりましたら、ご報告したいと思います。

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2016年6月 5日 (日)

JR津山線・建部駅の回想

昨年の11月29日、ぶらり旅・津山線(その3)で乗下車した建部駅。
JR民営化後、多くの駅が合理化という名の下に停留所化されたり大幅な駅舎改装で国鉄時代の面影が無くなる中、この建部駅は当時の佇まいを多く残す駅でした。

平屋で瓦が乗るこの駅舎の佇まい。これぞノスタルジーです。
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駅の出入口は木製のガラス窓がついた両開きの引き戸。
ただ駅前のポストが丸型の物でないのが少々残念な気がします。
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掲げられた駅名看板は手書き。ここにJRの文字は必要ありません。
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駅舎の中に足を踏み入れると、そこは国鉄時代の名残がたっぷり。
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出札窓口では、硬券切符や手書き補充券が発売されていたのでしょう。
紺色の制服に包まれた駅員さんの姿が想像できます。
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出札窓口の隣にある引き戸がある部分は、手小荷物を取り扱っていたのでしょう。
今のような宅配便が普及していない時代、国鉄の荷物輸送は大きな役割を果たしていました。
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窓口の反対側には木製の長椅子。
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待合室の中央にも木製の椅子があったのでしょうが、今はどこにでもあるプラスチック製のベンチ。これはちょっと残念な気がします。
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壁面には文化財の証が掲げられています。
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登録有形文化財の証。
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いつまでも大事にしてほしいものです。
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ガラス窓から駅事務室を覗き込むと、中はがらんとしています。
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ここには机が並び、その上には書類があり、そしてCTC化される前には信号関係の機器も置かれていたのでしょう。
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かつて取り上げられた週刊雑誌の記事も掲げられています。
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建部駅では映画のロケも行われたようで、こちらは平成9年の「カンゾウ先生」のロケ風景の一場面。
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かつてはここに木製の改札口が設けられ、列車到着の前になると駅員が出て改札が始まる風景があたのでしょう。
到着する列車に合わせて、行先とのりばを示す札も掲げられていたのでしょうね。
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長椅子側には鏡(姿見)。
女性はここで着物の乱れを整えていたのでしょうか?
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乗下車の証として不釣り合いな私を姿見に映してみましたが・・・。
ダイエット途上だった時期なので、まだまだ見られたものではありませんが。
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長椅子の隅には本箱。マンガが何冊か置かれていますが、読まれているのかな?
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駅舎からホームへ。駅舎の壁面には駅名標がありますが、既にJRの他駅と変わらないものに変更されています。
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ホーム上の駅名標もしかり。こういうのは画一的にしないとだめなんでしょうかね。
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かつて駅舎からまっすぐ反対側ホームへと繋がっていたであろう、構内踏切の跡。
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ホームから見ても駅舎の佇まいが映えます。
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駅舎のすぐ隣にある板塀で囲まれたスペース。たぶんCTC化前の腕木信号を操作するための転轍器があった場所だと想像します。
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駅舎の柱には、数字が剥げ落ちてしまっている寒暖計。
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電電公社のマークが着いた番号も。
僕らは三公社(日本電信電話公社、日本専売公社、日本国有鉄道)って習いましたよね。
もう死語か~。
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財産標には「明治33年3月」の文字。
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そして建部駅には赤いキハ47が良く似合う。
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ということで、建部駅の回想でした。
せっかくの鉄道資産なのに、駅舎の中は埃やクモの巣があったりと少々汚れが目立つような感じでしたので、是非とも定期的にお掃除されたほうがよいのではと思います。
いつまでもこのまま保ってほしい駅です!

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