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2014年11月 3日 (月)

国鉄鍛冶屋原線・鍛冶屋原駅跡と残念な上板町歴史民族資料館

11月最初の3連休・・・、1日は月一の土曜出勤で会社へ出社、昨日の2日は両親の実家へ行き、そして天気も良くなった今日3日(祝・文化の日)は午後からぶらり旅へ出かけようかと思ったのですが、気が乗らず・・・やめました。
このブログを書いている今、なんだか微熱があります。37.3度。どうりで気分が乗らなかったはずです。
ただ、そんな中午後からマイカーを運転して、現在のJR高徳線板野駅から分岐して西へ進む線路・国鉄鍛冶屋原線の終点、鍛冶屋原駅跡を見てきました。

なんとなく駅前のような雰囲気がする、ここがそう。
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懐かしい郵便ポストも健在です。
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阿波銀行の駐車場(左側)の隣に、跡地を示す石碑があります。
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言われないとわからない・・・。
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拡大すると・・・。見えました。
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奥にトラックが見え現在は運送会社になっていますが、廃駅後最近までJR四国バス(旧国鉄バス)の鍛冶屋原営業所がありました。
鍛冶屋原から西へ現阿波市(旧阿波町、市場町)方面へのバス路線があったのですが、これも廃止になってしまいました。

銀行の敷地と運送会社との敷地には、かつてのホーム跡のような積み石が見えるのですが、定かではありません。
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運送会社の入り口(旧鍛冶屋原営業所)の入り口にもホーム跡のようなものが見えます。
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国鉄鍛冶屋原線は1972年(昭和47年)1月16日に廃止となりましたが、私は当時4歳ですから記憶には全くありません。
今は廃線のほとんどが県道鳴門・池田線になってしまって、ここに線路が走っていたと記憶する人も少なくなったのではないでしょうか。

さてこの後、確か国鉄鍛冶屋原線の資料が上板町歴史民俗資料館に保存されているのと、旧型客車が留置されていたはずなので、行ってみることにしました。
日曜・祝日は休館だったように記憶していたのですが、今日は文化の日だから開いていたりして・・・と淡い期待をしましたが、あえなく撃沈。休館でした。
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屋外にある旧型客車は見れそうなので近寄ってみます。
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草が生え、ひっつき虫と呼ばれる、衣類にくっつく種子がたくさん生え、クモの巣だらけ・・・。
「学習館」とは銘打っていますが、使用されている雰囲気はなく、車両も荒れ放題・・・。なんだか虚しくなってきました。
留置されている車両はスハ43 275らしいですが、形式文字は見えません。
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「日本国有鉄道」「幡生工場」「日本車両」という銘板がかろうじて見えます。
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足周りも、もうボロボロです。
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入り口に近づこうとしたらクモの巣が!危ない~。セーフ!
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本当に使われている雰囲気はありません。
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このまま朽ち果ててしまうのでしょうか。可哀そうですよ。
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上板町役場の方、このブログを見ていたら、この現状をなんとかしてください。
これでは車両が可哀そう。せっかく譲り受けて留置したのなら、きれいにメンテナンスしてほしいものです。
それに文化の日に休館とは・・・。こんなんでいいのでしょうか。徳島の恥です!

と怒りが込み上げました。

資料館の前にある道路標識。
奥の讃岐山脈を越えると香川県ですが、道路はつながっていません。
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本当に可哀そうな車両でした。               

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